会議とは

"会議とは踊るものである"と、その町の有力者氏は信じているのであろうこの人の経営する会社の社員は、きっと会議を信じていないに違いありません。


みなさんのお父さんもきっと同じだと思います。


手紙によると、衆議を信じていないようでした。


東京 貸し会議室の会議を手続きのワンステップと思っているらしいから。


そこでは、率直なコミュニケーションというよりも、駆引きのコミュニケーションがあるだけだろうなーと思うのです。

その人固有の感情と先入観

先日、ある会場の入口で、その町の有力者に紹介されました。


「これから何があるのですか」と彼。


「いや、東京 貸会議室でちょっとした会議です」と私の同行者。


「ああ、会議ね。しっかり踊ってきてください」と彼。


この会話には説明が必要だろうなあ。


君は"会議は踊る"という言葉知ってますか。


1930年台の、私が生まれる以前に作られたドイツ映画の題名です。


ウィーン会議に出席したロシア皇帝アレクサンドル一世とウィーン娘の恋物語なんだが、舞踏会は熱心だが会議はそっちのけ、という、まあラヴロマンス。


ウィーン会議が、世界史的にどんな価値があったのか、は別として、あの会議が"会議は踊る、されど進まず"などと評されたことは、世界史的に有名です。

初めまして

初めまして。今日から会議のあれこれを語ります。


よろしくお願いします。


さて、今日はコミュニケーションの障害要因について。


東京 会議室で、コミュニケーションの障害となっている、さまざまな要因を考えてみると、地位・立場・経験、その他の条件の違いこれは、あまり説明の必要がないだろうが、よくあることです。


地位や立場が違いすぎると、コミュニケーションは一方的になりやすい。


あるいは「おねがいします」「ウム、考えておこう」式にパターン化する。


新人が集まってワイワイやっているときに、部長とか、年輩のベテランが、「俺も仲間に入れてくれよ」などと割り込んだりすることがあるね。


仲間になれるはず無いのだよ。


必然的に、社交的な会話になっていく場合が多くなります。


そのことに、双方が気付いているかどでしょうか。